鏡と偽善と兄弟と

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「…………」 この陰気な店のドアを乱暴に開き、一人の男が、非常に不遜な態度で入ってくる。 開かれた扉から差し込んだ朝日は、着込まれた鈍色の鎧に反射し、渋みがかったグレーの髪を薄く透かす。 隙の無い所作で踏み出した男は、腰に帯剣しており、柄には、いつでもそれを抜けるように右手が添えられていた。 鋭い目つきと苦み走った顔で、じろじろと店内を物色する彼は、まさに狼のよう。 とても近寄り難い印象を与えるその騎士風の男は、この陰気な店に驚く程不釣り合いな客人だった。 「ふん……悪趣味な店だ……」 男の呟きは店に対する感想としてはまずまずといったところか。 彼の言葉通り、店内の壁という壁に、簡素な造りの手鏡から、えらく凝った装飾が施された姿見まで、大小様々な鏡が飾られていた。 まさに鏡専門店といった装いである。 先程、男が乱暴に開いた入り口のドアも、よく見ればガラスではなく、両面に鏡が張られているという徹底ぶりで……奇跡的な事にヒビもなかった。 右も左も鏡だらけ、薄暗さも相まってそれはそれは不気味な事甚だしい。 「おやおや、お客さんとは珍しい、いらっしゃいませ」 店の奥の暗がりから、男の声が語りかける。 突然の問いかけに、彼はサッと身構え、剣を抜き放ち、声の方へとその切っ先を突きつけた。 「おっと失礼、驚かせてしまいましたか? 私はここの店主ですよ。……そんな物騒な物はどうかしまってくださいな」 自称店主は、剣を突きつけられているというのに、うろたえもせず、にこやかに答える。 「……ふん」 男は短く鼻を鳴らし、剣を下げた。 彼の反応も大概だが、こんな暗がりでいきなり声をかけるというのも非常識と言える。 剣を向けられても文句は言えまい。 声の主へと目を向けたならば、カウンターの向こうに一人の男性が立っているのが分かる。 だいぶ暗さに慣れてきた目を凝らしてみると、男性は大きい円筒状で、つばの広い帽子を被り、紳士服に身を包んでいるという、この辺りでは見かけない、実に怪しさ満点の身なりをしていた。 非常に胡散臭い。 「お前がここの店主だな……?」 「いかにも。いったいどんな鏡をお探しで?」
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