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「ふん、馬鹿を言え。誰が鏡なんぞ買うものか。そんなくだらん事ではない」
「はあ、そうですか。残念ですね」
そうして肩をすくめてみせる店主。
表情からして、まったく残念そうでないのが、実に残念でならないが。
「では、当店に一体どのようなご用件で?」
「うむ……一つ聞くが、娘を見なかったか。」
「はあ、娘さんですか……結構お若いと思ってたんですがねぇ……」
「違う! 俺の娘ではない!! 若い女という意味だ!」
男は眉を釣り上げ、カウンターを乱暴に叩いた。
しかし店主は、それに怯えるでも、悪びれるでもなく、ただにこやかに言葉を返す。
「おやおや、ちょっとした冗談だったんですがね……人生、もっと余裕を持つべきですよ?」
「うるさい! いいから答えろ!! ……俺の前で偽りを述べてみろ、お前のその減らず口は二度ときけなくなるからな」
男は、非常に苛立った様子でまくし立てると、自分の剣を突きつけた。
店主はと言うと、はあっ、と呆れた風に息を吐き、
「それが人に物を聞く態度ですかね……で? どんな娘さんなんです? 一口に女の子と言っても、世の中いくらでもいますよ、それこそ星の数ほどね」
「ぐっ……」
流石の男も、自らの説明不足である事に気付いたのか、剣を収め、身振りを交えながら、たどたどしく話しだした。
「背丈は……こう……このくらいで……綺麗な髪の色をしている……俺のようなくすんだ色ではない、もっと……明るい色だ。それで……あー……笑うと、ここに『えくぼ』ができる」
「……なんですかソレ」
店主が、珍しくもっともな事を呟いた。
視線にも、いささか呆れの色が強くなる。
「……で、どうなんだ。見たのか」
「……あなた、今ので説明できた気分でいやしませんか?」
「なにがだ」
「……いいや、なんでも」
店主はもう一度、深く、それはそれは深く溜め息を吐き、不機嫌そうに、それでいてどこか一仕事終えたような顔をした男に向き直った。
「……で、その娘さんと、あなたは一体、どんな御関係なんですか」
「なに?」
「いや、だからね。あなたと娘さんの関係が分からない以上、むやみやたらと教えられませんよ。あなたが、娘さんを付け狙う不届き者だったらどうするんです」
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