鏡と偽善と兄弟と

4/25
前へ
/82ページ
次へ
「ふん、馬鹿を言え。誰が鏡なんぞ買うものか。そんなくだらん事ではない」 「はあ、そうですか。残念ですね」 そうして肩をすくめてみせる店主。 表情からして、まったく残念そうでないのが、実に残念でならないが。 「では、当店に一体どのようなご用件で?」 「うむ……一つ聞くが、娘を見なかったか。」 「はあ、娘さんですか……結構お若いと思ってたんですがねぇ……」 「違う! 俺の娘ではない!! 若い女という意味だ!」 男は眉を釣り上げ、カウンターを乱暴に叩いた。 しかし店主は、それに怯えるでも、悪びれるでもなく、ただにこやかに言葉を返す。 「おやおや、ちょっとした冗談だったんですがね……人生、もっと余裕を持つべきですよ?」 「うるさい! いいから答えろ!! ……俺の前で偽りを述べてみろ、お前のその減らず口は二度ときけなくなるからな」 男は、非常に苛立った様子でまくし立てると、自分の剣を突きつけた。 店主はと言うと、はあっ、と呆れた風に息を吐き、 「それが人に物を聞く態度ですかね……で? どんな娘さんなんです? 一口に女の子と言っても、世の中いくらでもいますよ、それこそ星の数ほどね」 「ぐっ……」 流石の男も、自らの説明不足である事に気付いたのか、剣を収め、身振りを交えながら、たどたどしく話しだした。 「背丈は……こう……このくらいで……綺麗な髪の色をしている……俺のようなくすんだ色ではない、もっと……明るい色だ。それで……あー……笑うと、ここに『えくぼ』ができる」 「……なんですかソレ」 店主が、珍しくもっともな事を呟いた。 視線にも、いささか呆れの色が強くなる。 「……で、どうなんだ。見たのか」 「……あなた、今ので説明できた気分でいやしませんか?」 「なにがだ」 「……いいや、なんでも」 店主はもう一度、深く、それはそれは深く溜め息を吐き、不機嫌そうに、それでいてどこか一仕事終えたような顔をした男に向き直った。 「……で、その娘さんと、あなたは一体、どんな御関係なんですか」 「なに?」 「いや、だからね。あなたと娘さんの関係が分からない以上、むやみやたらと教えられませんよ。あなたが、娘さんを付け狙う不届き者だったらどうするんです」
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

107人が本棚に入れています
本棚に追加