鏡と偽善と兄弟と

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「それで? その雷鳳騎士団の隊長さんが、一体どうしてその子を探してるんです?」 ふっ、と途端に焦点の距離を引き戻した店主が聞けば、二番隊の長は、やや俯きながら、小声で何やら呟いた。 「…の………ぅとだ……」 「はい?」 「だから……そのだな……俺の……妹だ」 「……はあ、そりゃまた何とも」 「……何とも、ではない!!」 気の抜けた返事に、カウンターへ、荒げた声と共に、またしても振り下ろされる拳。 「いないのだ……」 カウンターへと振り下ろされた拳は小刻みに震え、カッと見開かれた目は、細かく血走っている。 ぎり……と、強く噛み締められた歯の間から、絞りだされるようにして発される声は、焦りと不安に侵されていた。 「トゥーンが、2日前から、家に帰っていない……らしい」 「らしいって……」 「俺は……家には滅多に帰らん……ここ何日かもそうだった……だから、これはあくまで伝え聞いたのだ。隣の者からな」 男の口からは、苦渋と後悔に満ちた空気が吐き出された。 つまり、なんとまあ、情けない事にこの男は、自らの肉親の失踪を、近所の者に聞いたと言うのである。 それで、ろくに水分もとらず、一日中駆けずり回っていたのだ。 しかし、男の言葉を耳に、紅茶を傾けていた店主は、それについては何も言わず、別の疑問を口にした。 「……しかし、いいんですか? 仕事中に思いっきり私情挟んでますけども」 「だからこうして休暇をとったのだ」 「……おやまあ! あなた、非番だったんですか!?」 店主は、まるで目の前の幼鳥が、雷鳳の雛だと知らされたかのような顔で、男の着込んだ鎧と、それに刻まれた紋章を指差して、そう言った。 「そうだ。これさえ着ておけば、誰でも大抵は物分かりが良くなるからな……あくまで物を知っていれば、だがな」 「ああそうですか」 じろりと、呆れたように睨む男へ、呆れたような溜め息を返す店主。 「……で、肝心の成果は?」 「……」 「ま、あの説明と聞き方ではねぇ……」 フッ……と漏れた吐息に、カップの湯気がつられて踊った。
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