鏡と偽善と兄弟と

16/25
前へ
/82ページ
次へ
とはいえ、彼女も一枚くらいは、お洒落な服を持っている。 というか、地味で質素なだけで、どの服も良いものではあるのだ。 彼女が粗末な服を着ていれば、それは兄の不名誉に繋がりかねない。 それはまったく彼女の意図するところではないので、それなりに気をつかってはいる。 そして、本来ならば、今日の彼女は、それこそ、姫君とまではいかないが『とても品の高い町娘』くらいの服装の筈であった。 本来は。 「……お仕事なら、仕方ない……よね」 しかし、せっかくの休日にこれはあんまりではないか。 彼女は、空席分となった哀れなチケットをくしゃりとポケットへ押し込み、家の扉へ鍵をかけた。 そして、やはり普段よりも数段鈍い足取りで、もう一枚のチケットを働かせてやるべく、目的地へと歩きだす。 もはや顔馴染みとなりつつある露天商が、横切る彼女に髪留めを軽く勧めてくるが、今の少女にはそれすら耳に入らないようであった。 「まーたドゥーエの旦那はやらかしたのか」 見事なまでの無視を喰らった怪しげな露天商は、そう言って肩をすくめたが、すぐさま商魂逞しく他の通行人へ声を掛け始める。 そして、その隣でしゃがみ込んでいた一人の少年が、絵描きに飽きたのだろう。 立ち上がり、鉛筆代わりの木片をほっぽりだすと、しゅたっと、露天商の前を駆けていく。 珍妙な品の並んだ、極彩色の敷き布の隣では、三つ叉の槍を鍵爪で掴んだ、凛々しくも美しい国家の象徴が、大きくその羽を広げていた。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

107人が本棚に入れています
本棚に追加