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「ようし、チケットさえありゃあ、こっちのもんよ。俺にも男気ってもんがある」
彼はそう言ってにやりと笑うと、現在進行形でピエロの前へと人が連なっている入り口とは、別の方へと歩きだした。
そして先ほどの場所から十分に離れ、人目が見えなくなると徐にテントの布地をたくしあげ
「ほれ、こっから入んな」
と、爽やかな笑顔と共に見事な入り口を作ってしまった。
「わあい! ありがと、おじさん!」
「い、いいんでしょうか……?」
「ま、きにしなさんな。どうせチケットの枚数分以上は入んねえだからよ。ほら、席を教えてやるから、見せてみな」
彼の差し出した大きく逞しい掌に、くしゃくしゃの通行手形を渡す少女。
シワの寄った券も、その役目を取り戻し、心なしか先程よりもしゃんとして見える。
背筋を正した紙切れを見て、男は大きく目を見開いた。
「……おやまあ、こいつぁ……嬢ちゃん、来れなくて残念なのは彼氏の方もだろうよ。こいつは特等席のチケットだ。相当気合いが入ってたと見える」
驚きと、同情と、ほんの少しのからかいをない交ぜにして、彼は言った。
「あんま、責めてやるなよ。それは金積んで買える紙じゃねえからよ」
男はなにか甘酸っぱい勘違いをしているが、チケットの内容まで勘違いしている訳ではないらしい。
たしか、この雑技団の券は、彼らが街に来たその日に売り切れてしまう程の人気で、しかも券の値段に違いは無いものの、だからこそ良い席番は早い者順だと聞いた。
兄が、この券を持って帰ってきただけで、まさかあの兄がと思ったが、ましてやそれが団員も驚く特等席のものだったとは。
当然、そんな事は一言も聞かされていない。
どころか本人は『部下が間違って買ったのを押し付けてきた』だとかなんとか言い訳をしていたが、誰が間違えてそんな席を買うのか。
本当に口下手というか、不器用というか。
というよりも仕事は大丈夫だったのだろうか。
むしろそんな心配をしてしまう。
……と、頭の中でいろいろと理由を付けている少女とて、緩んだ口元が、感情を隠せていないのだから、素直ではない。
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