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「おいしかったねお姉ちゃん!」
「本当に、来て良かったわ」
「そのうえデザートまで、ありがとね!」
「いいの、私もゆっくりしたかったから」
旬の果実をふんだんに使った魅惑の山脈を目の前に、少年は笑みを抑えられないようだ。
「ギャリス君も、甘いもの好きなんだね」
「お姉ちゃんは?」
「私はあんまり……紅茶の方が気になるかな。とっても香りがいいんだって。もうすぐくると思う」
トゥーンはさほど甘いものが好きという訳ではない……紅茶と共にかじるクッキーは別だが。
彼女の知る菓子の中では、あれが最も紅茶に合う……と思っている
当然、今回も頼んでいるし、目の前の少年とそれを分け合う心積もりであった。
なによりこの店の紅茶はとても香りが良いと評判である。
香り高い紅茶と歯触りの良いクッキー、それと弛緩した空気の中での緩やかな会話……
そうして、まったりとした時間を過ごすのが、彼女にとっての至福なのだった。
好みの服を買い揃えたり、広場で楽曲と共に踊ったりしている同年代の娘達と比べれば、いささか老成しすぎとも言えなくはないが、あまり気の急く方ではない、彼女らしい趣味であるとも言えるかもしれない。
もっとも、それが誰の影響かは知らないが……
「ふぅん、お姉ちゃんも紅茶好きなんだね」
「え? ギャリス君も?」
「うん、だーいすき」
彼くらいの年齢の子供は、あの独特の後味が慣れず、苦労する事が多いというのに、それが大好きとは、なかなか珍しい事もある。
「その年にしては、通だね」
「お姉ちゃんこそ」
そんな取り留めの無い会話や、先程の曲芸の感想など。
そう、こういう満足感の中で一息つきながらの会話の応酬。これこそが、彼女の愛する時間であり、欲する時間。
まさかこれほど小さな少年と、こんなに落ち着いて会話ができるとは思わなかった。
知らずに会話を聞いているだけならば、二人は兄弟か、もしくは年近い友人同士に感じられることだろう。
ここに香り高い紅茶があればさらに言う事はないのだが、自分達以外に客は大勢いる。
クッキーと同時に頼んでしまったのが悪かったかもしれない。
ただ、幸運な事に、彼女は至福の時間を過ごしている。少しくらい手間取ったって、一向に気にしなかった。
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