ようこそ『かがみや』へ

9/16
前へ
/82ページ
次へ
「ふむふむ、リカちゃんか。可愛い名前だね。」 さらっと言う辺りお世辞が板についているというかなんというか。 「ふふ、ありがとうございます。……それで、あの……」 里香は何かを尋ねあぐね、伺うように店主の顔を見つめ返す。 「……ああ、君が名乗ったなら、当然僕も名乗らないとね。」 それが礼儀というものである。 少女もこれから依頼する相手の名くらいは知っておきたいだろう。 「ええと……そうだね、知り合いはみんな僕の事を『Mr.You』なんて呼ぶよ」 若干の間の後…… 「は、はあ?」 里香が素っ頓狂な声をあげた。 「ミスターユー? ……ええと……つまり『貴方さん』ですか……その、なんというか……変なあだ名ですね」 小首を傾げる少女はかなり絵になっている。 「やっぱり変かい? 僕にはピッタリだと思うんだけどね」 「ううーん……?」 里香の反応ももっともだろう 店主の名乗った名は彼女からすれば、あまりに微妙なものだったからだ。 ここで改めて彼の顔を近くから眺めてみよう。 その黒いシルクハットと同化して見える頭髪に、部屋の暗さを映したかのように黒い瞳。さして深い訳でもない顔の彫り。 それらの特徴は間違いなく、典型的な日本人のそれであった。 しかもその日本人の中でも、さらに彼の顔は平凡極まると言えるだろう。 華やかさの欠片もなく、かといって別段醜いわけでもない。 よく『特徴が無いのが特徴』なんて表現があるが、そんな生易しいものではないのだ。 あくまでそれは、印象に残っているが、彼の顔はどこにでもいるまさに普通の顔であり、それ以上でもそれ以下でもなく。 いつか街ですれ違ったような気もするし、やはり初見のようでもある。 真正面でじっくり眺めた里香でさえも、少し目線を逸らしてしまえば、次の瞬間にはその顔をはっきりと思い出せないだろう程に。 それゆえ、余計に彼の怪しい服装は目立っているのであろう。 要はそんな男が『Mr.』などと気取った名前を語るには、つまるところ彼の顔はあまりに平凡すぎた。 ……もっとも、余程近くで見ない限り、目深に被ったトップハットでその顔は見えず、遠目からならただの怪しい紳士服の男でしかないため、それもアリなのかもしれないが。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

107人が本棚に入れています
本棚に追加