雨の日の秘密

59/88
前へ
/388ページ
次へ
――コン、コン。 ノックの音が聞こえ、滝沢先生がドアを開ける。 「教頭先生。」 「滝沢先生、今少しだけいいですか?」 「はい、どうぞ。今…」 部屋の中を振り返った滝沢先生は、突然私の姿が消えているので、「あれ?」という感じで、言葉を飲み込む。 先生達が社会科準備室の中に入ってくる足音を聞きながら、 私は机の下にもぐったまま、キャスター付きの椅子をそーっと引き寄せた。 教頭先生は、壁に向かって置かれた机の前にある椅子に座ると、机の上に置いてある、半分に折られた小テストのプリントの束をちらりと見て言った。 「ああ、採点の途中でしたか。すぐに終わりますから、少しだけお邪魔しますよ。」 「はい。」 滝沢先生は私が隠れている方の机の前に立ち、座ろうとして椅子を少し後ろに動かした。 「……」 「……」 机の下に潜り込んで、膝をペタンとついて座っている私と滝沢先生の視線が絡み合う。 滝沢先生は呆れたように顔に手を当てると、いったん後ろに引いた椅子を、また前に戻した。 「座らないんですか?」 不思議そうに、教頭先生が尋ねてくる。 「いや、あの…そうだ、この本なんですけど…」 滝沢先生は、机の上に置かれた『土方歳三~鬼の副長の素顔~』を手に取った。 「今日は佐伯はテニス部に来ないので、これは明日渡しておきますね。」 「ブラスバンド部と掛け持ちしてるんですね。実はさっき、佐伯さんと話したんですよ。廊下ですれ違って。」 「…あ、そうですか…。」 「佐伯さん、土方歳三にも興味を持っているようでした。」 教頭先生の弾んだような声に、キリキリと胸が痛む。 *
/388ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5283人が本棚に入れています
本棚に追加