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部室のドアをノックして中に入ると、脚立の上に立つ佐伯がクルッと顔だけをこちらに向けた。
佐伯はちょうど、プラスチック製の衣装ケースのような入れ物を、ロッカーの上から降ろしたところだった。
「…あ…滝沢先生…」
「…貸して。」
俺は脚立の横に立って、佐伯からケースごと受け取る。
―――軽い。
プラスチック製のその入れ物は、ラケットが数本入っているだけで大した重さではなく、
俺はそこで初めて、神崎が、俺と佐伯を2人っきりするために嘘をついたのだと気付いた。
……神崎…あいつ……、
結構、気が利くな……。
「ありがとうございます…あの…何か用事だったんじゃ…」
脚立から降りてきた佐伯が、軽く小首を傾げて聞いてくる。
「…神崎が、さ…」
「奈央が?」
「ん。お前と2人きりになれ、だってさ。」
「えっ?」
話が見えずに、佐伯はキョトンとする。
その素直な反応を微笑ましく眺めながら、俺はケースから出した2本のラケットを手に取った。
カバーを外して状態を確かめるが、特に傷んでいる箇所もないようだ。
「ん、これなら使えそうだな。じゃあ、戻ろうか。」
そのままドアに向かうと、
「……滝沢先生、」
後ろに立った佐伯が、恥ずかしそうにモジモジしながら、俺を呼びとめた。
「何?」
「あの…」
2人っきりだからだろうか。
無意識に甘くなっている佐伯の声が可愛くて、自然に俺の口調も柔らかくなる。
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