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先生は、ちら、と周りを確認すると、私だけに聞こえるように小さく囁いてくる。
「……佐伯、今日少しだけ時間ある?」
「あ、はい。」
「だったら、詳しい事は後でな。とりあえずこの日、お前にも休んでもらうから。適当な理由、考えておいて。」
先生はそう言うとクルリと背を向けて、職員室の方へ向かって歩いて行ってしまった。
呆然として立ち尽くす私に、奈央がニヤニヤしながら声をかけてくる。
「……美和子、先生から何も聞いてなかったんだ。」
「うん……」
「よかったね。誕生日に先生と一緒にいられる事になって。」
「うん……」
「顔、とろけてるよ。」
「えっ、あっ……」
ぼっ、と赤くなって両手で口元を押さえて慌てる私を見て、奈央はクスクスと笑った。
* * *
家の近くの川沿いの道に先生の車が停まっているのを見つけて、私は小走りで駆け寄った。
先生が開けてくれたドアの隙間から、助手席のシートに体を滑り込ませる。
夜になったとはいえ、まだ蒸し暑さが残る中を急いで走ってきた私は、少し汗ばんだ首筋をハンカチでそっと拭った。
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