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突き出された水槽を一応観察してみる。
濁りきった泥水の中。地下茎から茎を伸ばし水面に葉と一枚の花弁が堂々と顔を出している。
生憎花には疎いためなんの花かはわからない。
が、すぐにその答えを知ることになる。
「蓮の花だ。いいだろ?」
「あ?……ま、まあ……」
肯定とも否定ともとれない曖昧な頷きで返事をしながら俺は煙草を吸いきった。
吸い殻をポケット灰皿に押し込んだあと、次に手を伸ばそうと思ったところで手が止まる。
今のが最後の一本だったのだ。自然とため息が出てくる。
「東の方の国の宗教のシンボルでな。泥が汚けりゃあ汚いほど、大きくて綺麗な花を咲かすんだとよ。……な、良いだろ? まるで縮図さ。考えれば考えるほど、この国にお似合いの花ってわけよ」
唖然となった。
と同時に、煙草の残りがなくて心底ほっとする。
吸っていれば確実に煙草を落としていたからだ。
「……鏡見ろよ。顔面凶器ぶら下げてなにポエム謳ってんだ。資格がないに決まってんだろ、気持ち悪い」
「まあ、そう連れなくするな。冷静に考えてもみろよ。芸術じゃねえか。泥まみれのこの国で、唯一、この蓮みてえに綺麗な花を咲かせる俺の心。ああ、違えねえ。間違いなく芸術だ」
「……はあ?」
頭がおかしかくなったのか。
確かに麻薬を手に入れるには苦労しない国ではある。
しかし、手を出すような男にはどうしても思えなかったので、ついつい頭を捻りたくなってしまう。
「あんたどうかしちまってるぜ……。どうやらばっちり決め込んでるらしいな。面倒だが少し指南してやるよ。この国にはそんな花なんかよりもずっとお似合いなのがある。ケシの花だ。知らねえか? こいつにかかればアヘンでもモルヒネでも精製し放題。あんたみたいなろくでなしどもをハッピーにさせてくれるありがたいお花のことだよ」
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