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ユウヤは突き当りにある階段前で足を止めると、階上にある灰色でところどころ錆の浮いた掃除用具入れを視界に収めた。
さらにその先には屋上へ出る扉と広い踊り場があり、明り取りの少なく薄暗いD棟では貴重な陽光が射している……と記憶していたが、雑然と積み上げられた椅子と机が場を占領しているようで、階下に届くのは微々たるものであった。
ユウヤは大きく息をつき、階段に足を掛けた。その瞬間、彼は階上の机が白い息を吐くのを見た。
そんなバカなと自身の目を疑い、暗がりに慣れていたせいだろうと言い聞かせた。
校内には、補講や部活で少なからず生徒は残っているが、D棟三階にはその用をなす教室は無い。男女が逢引きするにしてもわざわざ寒く埃っぽい場所を選ばないだろうし、隠れて煙草を喫むにしても臭いはしないし煙も少ない。彼は気のせいということにして階段を踏んだ。
全部で十三段の――おそらくそのくらいと感じた――階段を上りきる直前で、視線が触れた。机でも椅子でもなく、人間と。
彼女は壁にもたれかかり、並べられた机の上に隙間を作って座していた。
マフラーから覗く頬、唇は紅、細い指と吐息は白。息を吐く毎に、肩へかかった髪と涙っぽい眼の黒が揺れた。錆ついた背景に、陽に照らされたその三色が特に際立っていた。
手には本が握られ、傍らにはへたれたスクールバッグと、そこから取り出したのであろう十数冊が乱雑に積まれていた。
第一声はユウヤのほうであった。寒さではっきりと声が出せるか不安に思ったものの、なんとか振り絞ることができた。もし何かがいた場合に備え、ぼんやりと用意しておいた科白だ。
「すみません。人がいるとは」
彼女は驚きで丸めていた眼を細め、視線をそらすと、本を口元に当ててくすりと笑った。
「まさか、人が来るとは」
硝子を小突いたような心地よい声だった。
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