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「ほぼ勘のようなものだけどね」彼女は漫画本をぱたんと閉じた。その様子は少し得意気だった。
「ここには机と椅子、掃除用具入れと、屋上への扉しかない――今はわたしもか――だが通常、屋上への出入りが禁止なのはここの生徒ならだれでも知っているし、冬で雪も積もっているから危険だ。見た目で人を判断するというのは好きじゃないけど、君はとてもそんな危険な真似をするようには見えなかったからね。わたしは人を見る目はあるんだ。次に机と椅子だけど、ここに置いてあるのは埃が積もった古いものばかりで、最早忘れられているだろうさ。持ち出すにしても、急を要するならもっと近場の教室なり保管庫に沢山あるしね。
残る候補の掃除用具入れについても同じことは言えるけども、掃除用具なんてのは持ち運ぶことを前提に作られているしね。それに君は手に怪我をしているようだし、この寒さだ。加えて学休期だというのに、バケツや雑巾を必要とするのは考えづらい。そんなわけで箒かモップあたりでも捜しに来たのではと考えたのさ」
そこまで一気に言い切ると、彼女は満足気に漫画本のページをパラパラと鳴らした。
ユウヤは息を呑んだ。
「言われてみればたしかに、そうですね」
そして少しばかり皮肉を込めて言った。
「では、先輩はなぜここに?」
彼女はううんと唸り、愉快そうにしていた。
「キョウコでいいよ。わたしの名前は砂ヶ森キョウコ。呼び捨てで構わないよ」
いくらなんでも上級生を呼び捨てにするのは、ばつが悪すぎる。
「自分は袰月ユウヤと言います」ユウヤは続けた。「キョウコ先輩はなぜここに?」
「君もなかなかどうして、珍しい名字だね」キョウコは漫画本を弄びながら言った。「わたしがここにいるのは、なんというか、現実逃避かな」
「受験ですか?」
言って、ユウヤは少し後悔した。予想通り、キョウコは口を真一文字にしていた。
「きみねぇ……」
ユウヤはそれを遮った。
「すみません」
キョウコはふふんと鼻を鳴らし、マフラーを口元に当てた。
「いいんだよ」彼女は手をひらひらと振った。「それに、避けられるものでもないしね」
端麗な容姿とミスマッチな、キョウコのどこか年寄りくさい仕種に、ユウヤはなぜか見とれそうになった。会釈をすることで、それを振り払う。
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