義務教育

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女教師は足取りも重く、生徒指導室へと向かっていた。学年主任の立場にある彼女は、問題児の更正も担当する必要があり、いつも頭を抱える日々であった。その中でも、とりわけ厄介な一人の生徒が毎日の様に問題を起こしているのだ。溜息を吐き、気持ちを切り替えて指導室の扉を開けていた。そこは折り畳み式の机があり、その回りにパイプ椅子が並ぶだけの、簡素な空間。その一脚に女生徒が俯きながら黙って座っていた。机には、壊れた学習教材が無造作に置かれている。教師は女生徒と教材を交互に見つつ、女生徒の反対側に座った。暫く二人は黙っていたが、女教師が口を開く。 「何か不満があるの?」 女教師の問いに、女生徒は黙ったままだったが、女教師は黙って返事を待った。 「楽しく…ない…」 女生徒は絞り出した様な、か細い声で答えた。 「お勉強は嫌い?」 努めて笑顔で、女教師が尋ねると、女生徒は黙って首を縦に振った。 「…そうかぁ。私もね、お勉強は嫌いだったのよ。」 女生徒のリアクションは無かったものの、聞いていると判断し、女教師は話を続ける。 「…でもね。あなたが大人になる為には必要な事なのよ」 「大人になりたくない」 女生徒は多少、語気を強くなっていた。 「でもね、あなたの身体は、そうは言って無いのよ?身長も大きくなっているし、胸も膨らんで来たでしょ?」 そう言いながら、女教師は、女生徒の脇に立った。 「それに…ほら」 教師は女生徒の手を掴み、その手を女生徒自身の胸に当てる。 「どう?分かる?あなたの心臓だって、こんなに動いて、大人になる為に頑張っているのよ?」 女生徒は黙ったままだったが、涙を浮かべている。 「だからあなたも、頑張らないとね」 女生徒は黙って頷いた。 「先生も応援するから、また明日から頑張ろうね」 女教師は、そう言って面談を終了し、女生徒に教室に戻る様に促した。 指導室を出た女教師は、備え付けの焼却炉に立ち寄り、あの女生徒が壊してしまった教材を投げ入れ、職員室に戻った。自分の席に座ると、電話を掛け、相手と話し始めた。 「もしもし。いつも御世話になっております。大変申し訳ありませんが、教材を発注したいのですが…」 「…そうですね。在庫が有る物で」 「…種類は問いません」 「…そうですか。それでは、アジア型乳幼児の教材の、余り泣かない方で」
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