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人間の一生など短いものだ
その何十年の短い命を必死に生きて、生き抜こうとする、生に溢れた若者の生き血は最高にうまい
怯える声、震える身体。そのどれもが俺を興奮させる
(なぜ、逃げる?)
(大丈夫、痛いのは最初だけ)
(その綺麗な首筋に)
(私の歯型を、私の痕を)
(さらば、若者よ)
(闇夜に響く狂声も)
(全て私の力となる)
アスファルトの上に倒れた若者の死骸
右手で自分の口元を拭えば、どす黒い赤に染まったその右手
倒れたままのまだ若い青年の顔を見つめながら思い出した、遠い昔の記憶
(横山さん、どこ行くの?)
(散歩だ)
(嘘だ!こんな夜中に)
(嘘ではない)
(……血を吸いに行くの?)
(…なにを言っているんだ)
(僕、知ってるよ?……吸血鬼だって)
(……)
(でも僕、横山さんが好きだから…だから、)
(少年よ、もうお別れだ)
(え…?)
(さらばだ、 )
一瞬にして蘇った、忘れたい記憶。いや、忘れることはない記憶
確かあれは、60年前
私は当時14、15歳の垂れ目の可愛い、八重歯を持った少年と出会った
彼はすごく愛嬌があり、人懐っこく、こんな私にも愛情というものを注いでくれた
人間の冷たさ、人間の弱さしか知らなかった私が、彼の優しさに触れて、彼の温かさに触れて、いつの間にか、彼に惹かれていた
吸血鬼故、もちろん人間になんて恋などしてはいけない
だから私は必死に自分の感情を押し殺し、平然を装って、人間を装って、ずっと彼の傍にいた
しかし彼からの言葉、好きという告白を聞いたと同時に、私は彼から離れることを決意した
人間に吸血鬼と知られたら、吸血鬼はその人間の生き血を吸わなければならない
無論、それが自分の好きな相手だったとしても同じこと
だが私には、あのきらきら瞳を輝かせている少年の生き血を吸うことなど出来なかった
でももう、正体を知られた以上、一緒に居ることは出来ない
月が光り、星が輝き、漆黒の闇が続く中、私は彼の元を離れた
ふと我に返り、先程の少年を見れば、月の光りに照らされていて
私はまた他の生き血を求めて闇夜の中、姿を消した
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