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『待たせたな、…和也』
もう今日はお越しにならないとばかりに諦めていた耳に待ち侘びた愛しいお方の低い声が響く。
『夜白様…。来て下さったのですね…』
『今宵は…満月だからな』
月明かりに照らされて夜白の影が障子に映る。
その影だけが夜白の存在を和也に伝える。
部屋の中で、愛おしむようにその影をなぞる指がふと頭の位置で止まる。
いつもはない、いや人ならばあるはずのないモノが今日は鮮明に影となり、映し出された。
『夜白様は…、鬼だったのですね』
『………………』
相手からの返事はなくとも、隠しようのない二つの黒い角。
障子の向こうでどのようなお顔をされているかは定かではないが、きっと少し渋い顔をされているのだろうと思い、この場に似合わぬ笑みが零れた。
『…何が可笑しいんだ?』
『可笑しいのではありませぬ。ただやっと貴方様に少しは近付けた気がして嬉しいのでございます』
『…鬼と分かってか?』
『はい。私には貴方様の正体が解らぬこの一年の方が苦痛でございましたから…』
『…………………』
係りの医者から宣告された病を静かに受け入れていた一年前の満月の夜。
人と接する事を縛られ、ただ一人死に行く時を待つだけだと思っていた。
そんな自分の前に現れた名も知れぬ人。
ふと気付いた時には、障子を背に座り、驚く和也にそっと問うた。
゙代の名はなんと言う…?゙
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