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『夜白様…』
『なんだ?』
『解っていらっしゃるのでしょう?…私の生命がもう永くはない事を』
相手からの返事はなくとも、今日こうやって夜白が現れた事が何よりの証拠。
『…本当は明日、貴方様と共に綺麗な満月を見とうございました』
愛おしく見つめていた影がこちらを向いたのが分かる。
『和也…。明日をお前は望まぬのか?』
『己の身体は己が1番分かっております。夜白様も分かっていらしたからこうやって今日、来て下さったのでしょう…?』
『…………………』
『優しいお方ですね』
『…其方の生命を狙っていたとしてもか…?』
『私が望んだ事なのですから、仕方のない事です』
笑う気力でさえ、もう後少し。
夜はまだ長い、けれど共に過ごす時間は後わずか。
この胸を苦しめる痛みを愛おしく思えたのは貴方と出逢えたから…。
そう言えば、貴方は笑って下さいますか…?
ゆっくりと障子に手を掛け、身体を近付ける。
『夜白様、今宵くらいは障子を開けても宜しいですか?最後に…この世の最後に、貴方様のお顔を拝見したい…』
『…勝手にしろ』
不器用な夜白の相槌は一年経っても変わる事無く、変わってしまったのは己のみ。
この一年でよくもここまで我が儘に馴れたものだと、笑みと同時に泪が一筋零れた。
微かな風が身体にあたり、眩しい月明かりに目を細める。
風と共に香る愛しい睡蓮の香は自身を包み込むかのように漂っている。
この香を一度、母に必死に頼んでみたが、同じ香は何処を探しても人間の世には無いのだと知った。
その香は愛しい貴方様と共に満月の夜に咲く華の如く…
もう己の腕で身体を支え続ける事も出来ず、障子の間から倒れ込むように縁側に出る。
待ち受けるのは木の床とばかりに目を閉じたが、睡蓮の香がふわりと香ると共に己の身体も少しだけ浮いたのが分かった。
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