Un capitulo

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     ◇  走ってきた。はここまで走ってきた。遠く、より遠くへと。彼に、宗一に場所を悟られないように、予測されないように思い出の場所を避けて、せめて別れの言葉を交わさぬよう、泣かぬようここまできた。だから彼がいない今では我慢する必要はなかった。 「カティア・オズノート」  彼女にかけられた声は宗一のものではない。もっと低く、青年よりは大人に近かった。 「どなたですか」  カティアは声の主に顔を向けた。身長は目視の目安で約百七十センチ。服装は堅物で無難な礼服。これといった特徴的外見がなく、どこにいても不自然さがない男性でだった。 「リアト・ハーネスト。タロットナンバー十三【死神】の恩恵を受けている。とだけ言えば用件は伝わるか?」  死神。それは西洋、東洋問わず死の象徴とされてきた神の使い。魂の管理者。 「私の、処分ですか」  その死神がオリヴィアから派遣されてきた。思い当たる節なんてそれしかない。 「あぁ、そうだ。君を火葬しにきた」 「随分と対応が早いんですね」  要因はついさっきのはずなのに、驚くほどの手の回しよう。 「別格、他意はないさ。ただオリヴィアが手早く事を済ませたいだけで、ちょうど近くにいた俺が呼ばれたってだけだ。……まぁ、本当にそれだけだといいがな」 「それはどういう意味でしょう」 「さあな。委細までは俺も把握していない。自分の組織を勘ぐるのはいい気分ではないからな。厄介事を抱えているくらいでしか気に留めていない」  おもむろに、内ポケットから一本の煙草を取り出した。 「さてと、何やらオリヴィアはかなり急いでいる。横道に逸れてしまったこっちも円滑に進めよう」  と言っておきながら彼はダラダラと雑談を延ばす。 「その前に訊きてみておきたい。君に悔い、心残り、未練はないのか?」  と問うてきた。  カティアは目から滴るその水滴で地を濡らす。 「……ありますよ。ないわけないじゃないですか。あんなに好きだったのに、こんなに愛してるのに。それで別れて何も感じないだなんておかしいじゃないですか」  そんなもの架空の恋と、彼女は嘲笑する。
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