前夜

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 口からはくぐもった声がひっきりなしに上がる。 目には涙が溜まっていって、暴れる際にこぼれ、頬を伝った。  長らくそんな攻防が続き、徐々に抵抗が小さくなる。 体力も寒さでどんどん奪われていった。  それを見計らったのか、男はポケットに入れてあった物を取り出す。 月明かりに照らされ、美咲にはそれが何か分かった―――ナイフだ。  一振りし折りたたみ式のナイフの刃先を出す。 直後、その手を振りあげた。  月光に照らされたナイフが、ギラリと怪しく光る。  途端、さっと美咲の顔色が変化する。  先程までとは違う明確な恐怖が全身を駆け巡ったのが分かった。   男の持ったそれは、迷うことなく美咲の胸に深々と埋め込まれた。  息が詰まるような、それでいて鋭い痛みが胸の辺りから一気に全身を襲った。  数秒後、男をつっぱ退けようと躍起になっていた手が、力なく湿った地面に倒れこんだ。 後につれて、じんわりと滲んだ血液が紺のコートにじわじわと染みをつくっていく。   ずるりと抜かれたナイフからは、赤々とした鮮血がぽたぽたと滴り落ちた。  男が最後に見た美咲の表情は、今まで感じたことの無い圧倒的な死を目の当たりにし、覚悟したそれだった。
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