1人が本棚に入れています
本棚に追加
口からはくぐもった声がひっきりなしに上がる。
目には涙が溜まっていって、暴れる際にこぼれ、頬を伝った。
長らくそんな攻防が続き、徐々に抵抗が小さくなる。
体力も寒さでどんどん奪われていった。
それを見計らったのか、男はポケットに入れてあった物を取り出す。
月明かりに照らされ、美咲にはそれが何か分かった―――ナイフだ。
一振りし折りたたみ式のナイフの刃先を出す。
直後、その手を振りあげた。
月光に照らされたナイフが、ギラリと怪しく光る。
途端、さっと美咲の顔色が変化する。
先程までとは違う明確な恐怖が全身を駆け巡ったのが分かった。
男の持ったそれは、迷うことなく美咲の胸に深々と埋め込まれた。
息が詰まるような、それでいて鋭い痛みが胸の辺りから一気に全身を襲った。
数秒後、男をつっぱ退けようと躍起になっていた手が、力なく湿った地面に倒れこんだ。
後につれて、じんわりと滲んだ血液が紺のコートにじわじわと染みをつくっていく。
ずるりと抜かれたナイフからは、赤々とした鮮血がぽたぽたと滴り落ちた。
男が最後に見た美咲の表情は、今まで感じたことの無い圧倒的な死を目の当たりにし、覚悟したそれだった。
最初のコメントを投稿しよう!