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その日は、桜散る麗らかな春の一日だった。
ほんのりと薄ピンクに染まったそれは、ゆらりゆらりと風に揺れ、優雅に踊っているようにも見える。
春という季節は本当にすばらしい季節だと思う。
若葉が青々と茂り、雪に埋もれた新しい命がいっせいに芽吹く。
地上はさまざまな色で溢れ花のにおいに誘われ、虫たちが目を覚ます。
そんな中、麻木史帆は自分の指先とはるか遠くの的だけに全神経を集中させた。
大きく深呼吸をする。
足を真横に並べ、顔だけを前方に向け、そしてゆっくりと矢を引く。
その端正な横顔は、真剣な眼差しそのもので息を呑むほど美しい。
きりきりと弓が軋む音が耳元でやけに大きく聞こえる。
肩の力を抜く。
弓道には余計な力はいらない。
前方と指先に集中させた力を――放つ。
花びらが舞った。
ほのかに色づいた桜が風で舞い上がり、砂利の上にふわりと降りる。
刹那、空気を切り裂く音が聞こえ、次の瞬間には放たれた矢が吸い込まれるように的の中心に的中した。
周りからは一呼吸置いてから、わっと歓声が上がる。
構えた腕を下ろし、溜まった息を吐き出す。
アップにした長い髪をするりと解き、髪を遊ばせる。
いつの間にか頭に付いていた一枚の桜の花びらが落ちる。
それは春の訪れを告げていた。
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