5人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、ぁぁぁあえりゃしゃっ…っっ」
「うわ、盛大に噛んだけど大丈夫!?」
口元を抑えてうずくまる燎に、ヴァイスも慌ててしゃがみこむ。
噛んだし、実際舌も噛んだ。
恥ずかしさのあまり立ち上がれないなど燎には珍しい事態なのだが、ヴァイスにはもちろんそんな事情はわからない。
口元から血も滲んでいるし、相当痛いのだろうと判断して、少し困ったように笑うと立ち上がって手をさしのべた。
「仕方ねぇなぁ。たしかお城に薬あったし、治療してやるよ。俺についてきな」
助かった。
正直にそう思った。
どうやら門番らしいこの少女に、自分の用件を伝えるのは難しかったからだ。
もちろん『冬のお城の料理人』と言えば伝わっただろうが、会わせてもらえるとは思えない。
そんな呼び方しかできない関係、というのは胡散臭すぎるからだ。
けれど、名前は呼べない。なんだか妙に緊張して、舌が回らなくなってしまうから。
だから、かなり不本意な方法とはいえ、お城に入れたのはラッキーだった。
ここから先どう説明したものか、と思案するものの、すでに熱くなった頭では考えなどまとまるはずもなく。
結局手紙をどうやって届ければ良いのかもわからないまま、燎は冬のお城へと足を踏み入れたのだった―。
最初のコメントを投稿しよう!