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緩やかな坂の上に、鋭く尖った塔が一本、天を貫かんばかりにそびえている。
巨大な文字盤が示すのは現在時刻。時計塔だ。高級感あふれるレトロな外観は、街のシンボルと称されるほど人気が高い。
予定通りの時間に着いたことを確認し、正門を抜ける。
多くの生徒がグラウンドを進み、中庭を目指す中、少年は一人で流れを外れ、校舎の裏へ回った。彼は人混みが苦手なのだ。
ひっそりと立ち並ぶ桜が数本、少年を迎える。
「……」
新学期が始まった。実感というほど明確でもない実感が、ぬるい風と共に頬を撫でる。
それは木立の葉さえ揺らさないほど穏やかなので、イヤホンから紡がれる楽曲だけが、彼にとってのBGMだった。
(……春、か)
しみじみと感じ入るのは、この時期の風に特有の、柔らかさのせいだろう。
ひらりひらり、髪に張りついた桜の花びらを摘まみ、じっと眺めてから微風にさらす。
それを見計らったかのように強まった風が、少年の背中を叩いた。あおられた小さな桃色は、軽やかに踊って天を目指す。
つられて顔を上げた少年の目に、見事な青空を背景に広がる、桜の花が映る。
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