さようなら

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「井村さん、お食事ですよ」 看護婦のひとりが、ベッドに横たわる井村 智梨に朝食を届けている。 智梨は少し首を動かして、看護婦を見つめた。 「ありがとうございます、あの私…」 「記憶が無くなったんですよ、でも大丈夫。記憶なんてすぐ戻って来ますからね」 「そうか、私…記憶が無いんだ」 俯く智梨に、看護婦はさらに続けた。 「でも良かったですよ、三階建てのビルの屋上から落ちたのに、手足の骨折と記憶喪失だけですんだんですよ?」 「三階建てのビル…」 智梨は少しずつ、断片的ではあるが思い出していた。 三回建てのビルの屋上に彼女はいて、彼女は包丁を持っていて、私はフェンスの上に立った。それで…それで… 「私は殺された…私は殺されたんだ!ああ、ああああ!!」 智梨は恐怖に怯えて頭を押さえた。ギブスで固定された手足をばたばたと揺らしながら暴れた。 「井村さん、井村さん!落ち着いて下さい!」 看護婦が智梨を抑えた。手慣れたように智梨の隣に座り、背中を撫でながら「大丈夫大丈夫」と連呼していた。 「井村さん、あなたは自殺したのよ…ビルには誰もいなかったわ」 「嘘よ…私は、私は殺されたのよ…」 それから智梨が落ち着きを取り戻すまで、しばらく時間がかかった。
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