悪魔が来たりて兄増える

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「翼さま、まだ朝は寒いですよ。夜着のままで出るのはお控えください」 「…………ああ」 有無を言わせぬ様子の清水に諭されて家に入る。 いつも紳士然としている清水の表情に陰りが射すのが見えた。 あ、そう。 面会時間は終わりってか。 「それでは」 一礼して去っていく清水。 道を曲がって、二人の人影が見えなくなる。 車はいつも通り、少し離れたところに留めているのだろう。 落ち込んでいる自分にげんなりして座り込む。 壱也と美咲が心配そうな目で見てくる。 「またあの人、玄関の敷居を跨がなかったな」 角度的に見えていなかったのだろう、圭吾が不思議そうに呟く。 当たり前だ。 あいつは俺達を気にしている風に見せて、決して深入りしてこない。 「翼お兄ちゃん?」 六花の声が降ってきた。 俺の頭を小さな腕が優しく包み込む。 「だいじょうぶ?」 話の全容は理解できなくても、現状は把握したんだろう。 心配そうな声で聞いてくる。 「……あぁ、大丈夫。六花のおかげで元気になったよ。ありがとう」 「うん」 嬉しそうに笑う六花を見て思い直す。 25にもなって親の顔色を窺っているのも馬鹿らしい。 「仲のいい兄妹か。微笑ましいこった。上がりまーす」 へらへら笑いながら、無遠慮に家に上がり込む楽網。 しまった。こいつの存在を忘れていた。 「あんた、あの人はああ言ったけど……」 「まあまあ、俺、三階の階段上ってすぐの部屋使うから」 「聞けよ!」 追い出そうとする美咲にずいっと顔を近づける楽網。 「綺麗な顔してるんだから、そんな汚い言葉遣っちゃダーメ」 そういうと、美咲の唇の端に軽く自分のそれを押し付ける。 は? 「っ!」 相手が女なら百戦錬磨の美咲も、男にキスされたのは初めてなのか、目を見開いている。 「よ、寄るな変態!」 「あいさつあいさつ。俺、イギリスで昴に拾われたの」 驚きを隠せない俺達ににやりと笑う楽網。 物凄くむかつく。 「じゃ、俺フライトで疲れたから寝るね」 おやすー、と手を振って階段を上っていく楽網。 引き止めなきゃいけないのに、衝撃的すぎて、体も思考もフリーズしてしまった。 少しの間の後、はあ、と壱也が特大のため息をついた。 クソ親父……また厄介なのを置いて行ってくれたな。  
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