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「しかしな? この国のとある町ではお兄ちゃんと呼ぶだけで通行人が一斉に振り返るという都市伝説があるらしい。それと同じで――はっ!? もしやそれも曰く憑きの仕業か?」
「思考を放棄してるのはお前じゃねぇかよ」
大体どんな曰く憑きだ、それ。
一応お兄ちゃんである俺は絶対に振り向かない自信がある。
何故ならば一度もそんな呼ばれ方をしたことがないからだ。
基本的に「お前」である。
お兄ちゃんという二人称自体が都市伝説なのではなかろうか。
何処の妹もこんな感じだろ実際。現実はラノベのように優しくない。
そこに関しては遠野に同意する。
「それでイズミは私に何を求めているのだ? アニメの冒頭よろしく転校生を装えばいいのか? うん? ラブコメでも始めるか? 曲がり角でぶつかるか?」
「いや、同居してるのに曲がり角でぶつかる意味がわからねぇよ。まあ……学校に顔を出されても困るけどさぁ」
言われてみればテンコに出来ることは限られていた。
その愛らしい外見も社会では行動を制約する枷でしかない。
悔しいけれどもゲームに没頭するのは仕方がないのかもしれなかった。
「この身体では外出もままならない」
テンコは頭を下げて自分の全身を見下ろす。鼻を鳴らす自嘲の音が小さな背中の向こうから聞こえた。
「平日の昼間に出歩ければ補導される恐れがあるからな。必然的に私の居場所はイズミの部屋に限定されるわけだ」
「悪かったよ」
俺はお手上げとばかりに両の手のひらを天井に向けて苦笑を浮かべた。
「うむ、プリンシュークリームで許そう。それで鏡の世界がどうした? また遠野チャンに無理難題を押し付けられたのか?」
連射式のゲームパッドを床に置いたテンコは、俺の隣に座ると肩に頭を預けてくる。
お風呂を面倒くさがる彼女ではあるが、毎晩のように母さんに連行されるので、真っ黒い長髪からは清潔感溢れるシャンプーの匂いが漂ってくる。
「まあそんな感じ」
俺の受け答えに何を思ったのか、テンコは口端だけを上げて笑った。
人を小馬鹿にする顔を作らせたらテンコの右に出るモノはいないだろう。
そう確信させるくらいに彼女のその笑顔は俺を不快にさせる。
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