一章・伝染ナルコレプシー『柳沢鳴子の物語』

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「イズミは遠野チャンを利用していると思っているようだが、単なる自惚れかもしれないな」 「どういう意味だよ?」 「行動力も人脈もないイズミでは曰く憑きの情報を集めるのは困難だ」  テンコは断言する。明らかに貶されているが事実なので反駁の余地はなかった。 「遠野チャンの近くにいれば自然とその手の噂が集まってくる」  俺は首肯した。確かに柳田イズミ個人では、噂話の収集は困難を極める。  だから遠野の誘いに乗って文芸部に入ったのだ。暇だとわかっていながらも毎日のように顔を出すのはその為だ。  言い方は悪いが、俺は遠野を利用しているのである。 「しかしそれは遠野チャンにも言えるのではないか?」  遠野も俺を利用しているに過ぎないのでは? と言いたいらしい。  テンコは意地の悪い笑い声を立てながら俺に黒曜石のような瞳を向ける。 「どうだろうな。でも遠野は何でもひとりでこなせる人間だけどな」  ひとりで足りているし、他者を必要とするタイプの人間ではない。  言うなれば孤高。運動神経は壊滅的に悪いが、特進科でもトップクラスの成績を叩き出す彼女は、曰く憑き以上に人間離れしているように思う。 「そうでもないだろうに。遠野チャンはイズミを必要としているだろう?」 「あー……」  そうだ失念していた。  遠野は鮫島とは真逆の存在なのだ。  街談巷説を求めながらも遠野が赴くと怪奇現象は鳴りを潜めてしまう。  ポルターガイストに悩まされていた公営団地に遠野が足を運んだ途端静まり返ったのは、文芸部内で伝説として語られている。  イヤ、俺と鮫島の小さなコミュティの中ではあるのだが。  ――遠野はオカルトに避けられている。  欠点といえそうにない欠点だが、遠野本人がその体質を恨めしく思っているのは明白だ。  それ故に俺に厄介事を押し付けるのである。 「遠野チャンの目論見は知らんが、私も鏡の世界には興味がある」 「へぇ、珍しいな」  曰く憑きを弱者だと蔑視しているテンコが、そんな風に言うとは思わなかった。  光を浴びたビードロのように瞳を煌めかせながらテンコは立ち上がる。
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