一章・伝染ナルコレプシー『柳沢鳴子の物語』

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「私を含む曰く憑きの大半は、他者に牙を剥くことはあれども自分のテリトリーに招き入れるなんてことはしない。何故なら私たちは自己完結しているからだ」 「自己完結ねぇ……」 「曰く憑きを発症した人間の多くはペシミストだからな」 「……日本語でお願いします」  横文字は苦手だ。横文字を多用する人も。 「悲観主義者。イズミとは正反対のタイプだよ。要するに曰く憑きは世界や人生に絶望した人間というわけだ。例えば救国の英雄が黒魔術に手を出したように、な」 「救国の英雄って誰だよ」  テンコは口をあんぐりとさせた後に「うーん」という声を上げて手を叩いた。何かを思いついたらしい。 「青髭と言えばわかるか?」 「俺は白いのと黒いのしか知らない」 「いや、白いほうとか黒いほうとか赤いほうとかそういう話ではない。戦隊モノじゃあるまいし」  俺は頬を掻きながら「それで?」と先を促した。  仕方がないのだ、特進科の遠野と違って俺は普通科の高校生なのである。 「ご希望通り話を進めるが、そんな連中が率先して他者と関わったりすると思うか?」 「思わないね」  即答する。世界や人生に絶望する過程には十中八九、他者への嫉みや恨みが含まれているはずだからだ。  ポジティブでつまりは楽観的だとテンコや遠野に毒づかれる俺だって人間なので、そのような経験は何度かある。  それにまるで他人事のように語っているが、テンコだってそうだったのだろう。  出会った当初の彼女は俺との接触を酷く嫌がっていた。  テンコも何かに絶望してしまったのだろうか。  そして今もしているのだろうか。俺がセンチメンタルになっている中、テンコの薄い唇は滔々と語り続ける。 「うん、その通りだ。だからこそ害意を向けることはある。イズミには言うまでもないな?」  自分の目が細くなって視界が狭まった。  血液が一瞬で沸点に達したように身体が熱くなり、そんな熱を放出するように鼻から強く息を吐いた。
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