一章・伝染ナルコレプシー『柳沢鳴子の物語』

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「それともう一つ。原因ではないけれども、五人のうちの二人がその世界で少女と出会っている。それが同一人物とは限らないけれども、共通点ともいえないけど、確かな情報ではある」  そういえばそんな話をしていたような――俺は記憶を捻り出すように眉根を寄せた。 「それにしてもどうしたの? やけに食いついてくるじゃない。普段は小馬鹿にした態度を取る癖に」  そんな態度を取るのは明らかに胡散臭い話のときだけだ。  俺が抗議の眼差しを送ると遠野はその訴えに対して口許を緩ませた。 「鮫島が心配?」 「心配だし、遠野が調べろって言ったんでしょ」 「ふーん? 何が心配なの? 曰く憑きなんてただのくだらない都市伝説なのに」  真っ直ぐと澄んだ両の目で俺を捉えながら歩み寄って来る。  知人だから言うわけではないけれども遠野は美人だ。肉薄してきたその顔は、高校生の精神的にあまりよろしくない。俺は目線を逸らした。 「柳田は何かを知っている」  形だけでも否定するべく肩を竦める。  そんな俺に遠野は大人びた微笑をみせて、長机の上に足を組んで座った。パンツは見えない。 「鮫島も何かを掴んだのかもしれない。だから曰く憑きなんて手紙に書いたのかもしれない」 「それは単純に昨日、遠野がそんなようなことを言ったからだろ」  鮫島は遠野の口から出たものならなんであろうと鵜呑みにするはずだ。  遠野が放つ色香は有毒性なのである。 「鮫島は主人公体質よ」  遠野は鮫島に対していつもそういう直喩を用いる。 「どうしようもなく、ね。私なんかの戯言に付き合ったりはしない。でもね、誰かを救う為なら自己なんてモノを蔑ろに出来てしまう危ない男なの。鮫島那月は」  その意見には大方同意だ。鮫島の生き方は酷く危うく、そしてハッキリと言えば気味が悪い。  彼は他人の為に平気で自分を犠牲に出来てしまえるのだ。  大勢の不良に絡まれていた少女を助けるべく、ひとりで突っ込んだ――なんて前科もある。  それは知り合ったばかりの五月のことだった。  鮫島はその際、肋骨を折る怪我を負っている。  平気でそういう厄介事に首を突っ込める男なのだ。遠野が現在憂いを含んだ顔をしているのは――鮫島を部員として認めないのは、鮫島のそういった性根を知っているからだと思う。 「遠野。主人公の絶対条件って知ってるか?」
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