プロローグ・嘘憑きシャドウ『柳田イズミの物語』

2/3
88人が本棚に入れています
本棚に追加
/87ページ
000/  眉唾な話だけれど、この町には「曰く憑き」と呼ばれる風土病があるのだという。  実際、その手の話には事欠かない寂れた地方都市であり、曰く憑きの他にも信憑性に乏しい都市伝説や、七つでは到底収まりそうにない数の不思議が御原市には溢れている。  しかしどうだろう。  俺はそういったオカルトの類にはついつい首を傾げてしまう性質だ。  科学を信奉しているわけではないのだけれども、だからといってそれらを肯定するのは全くの別問題で白状すると俺は、曰く憑きなんて奇病をまるで信じちゃいないのである。  ――だというのに。  俺の現状はどうしようもく行き詰っていた。 「彼女は曰く憑きに影を食べられてしまったの」  目の前の、自称曰く憑きの少女は言う。  そもそもの発端は十年来の付き合いになる友人が、曰く憑きの調査に行ってくると言い残したきり消息を絶ったことだった。 「影を食べられた人間は、存在そのものを失うことになる」  少女が言うようにこの一件は事件として成立していない。  記憶からも記録からも――そしてつまるところ世界からも、長坂ユウキという名前の友人は抹消されてしまっていた。 「あなたが未だに覚えていられるのは、彼女の身体の一部を持っているから。もしもその指を失えば、あなたもあの子のことを忘れてしまう。でも、その方が幸せなのかもしれない」  ユウキが失踪してから三日が経った夜半、俺の部屋に茶封筒が投げ込まれた。  その中に入っていたのが、ユウキの物と思われる指輪をはめた人差し指と一枚の手紙だった。  送り主は淡々と喋る目の前の彼女。漆黒の髪の毛に包まれているかのような、小さくて華奢な女の子だ。 「まあ、好きにすればいい。理から逸脱したソレは決して腐らないから」  街灯の下、彼女は踵を返してこちらに背を向けた。  美しい撫で肩と喪服を連想させる黒い着物を纏ったその後ろ姿に、俺は悲鳴とも叫喚とも取れる声をぶつける。 「なに?」 「突然そんなことを言われても困るんだけど」  頬が引きつるのを感じながら俺は必死に言葉を継いだ。  どんな顔を作りたいのかも、どんな顔をしているのかもわからない。  後頭部を鈍器で殴打されたかのように思考が混濁している。  そんな俺を自分の肩越しに窺う彼女の双眸は果てしなく黒い。  まるで憐憫という名の墨汁が滲んでいるかのようだった。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!