一章・伝染ナルコレプシー『柳沢鳴子の物語』

17/47
前へ
/87ページ
次へ
「血統」 「いや! そうだけどさ!」  断言しやがった。  思わぬ返答に決め顔を作りかけていた俺の表情はあっさりと崩れてしまった。  俺は気を取り直すように咳払いをする。 「死なないこと、だぜ」  俺はドヤ顔で切言した。  だというのに……遠野は眉間に皺を寄せる。 「結構死ぬけど」 「あん?」 「主人公。洋画でも邦画でも、漫画でも小説でも、割と死ぬけど」 「…………」  柄にもなく気を遣えばこれだ。  可視化すれば鈍色であろうため息を口からこぼして、冷たい壁にもたれ掛りながら後頭部を冷やすことにした。 「鮫島はどうして私が好きなんだろう?」  あれ、気づいてたの? と思ったがそりゃあ気づくか、と微苦笑する。  知っていながら鮫島のアタックを悉く無視するのだから性格が悪い。 「顔だろ、顔」  俺は答える。それが褒め言葉なのかは微妙だが、悪い気はしないはずだ。  しかし交わった視線には冷たく鋭利な軽蔑のようなモノが潜んでいた。  遠野は自嘲するように口角をつり上げる。 「顔、ねぇ……」  言われ慣れているからだろうか。  遠野は恥ずかしがる素振りを微塵も見せずに、自分の輪郭を確かめるように頬に手を添える。  俺とは偉い違いだ。たまに会う親戚の叔母さんは、ハンサムねぇと言ってくれるけど毎回動揺してしまう。 「あー、それとカッコイイって言ってたな」 「私が?」  またも自分を嘲るような笑顔をみせる遠野に頷く。 「私って格好悪いよ。努力型だし、人に嫌われるのが怖いから教室では愛想笑いと適当な相槌ばかりを打っているし」  遠野が努力家なのは知っていた。  俺が部室でゲームに熱中している中、彼女はキャンパスノートや参考書と睨み合っている。  用事がなければ入室を許可されない鮫島は、遠野のそんな一面を知らないのだと思う。  もっとも知ったところで何も変わらないはずだが。 「柳田」  遠野は窓の外に目を向けて、俺の名前を呼んだ。  外は夕暮れ。季節は初夏。哀愁漂う茜色に溶ける運動部の掛け声。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

88人が本棚に入れています
本棚に追加