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「遠野は曰く憑きを追っているのだと思う」
御原市に数ある都市伝説の中でも最古参であろう曰く憑きという風土病に関して、一般的なこの町の住民は興味を示さない。
こういった話には鮮度が重要なのだ。次々と生まれては忘れ去られてゆく都市伝説に、曰く憑きは埋もれてしまっている。
否、自ら生みだした曰くありげな話で、嘘のような真実を隠しているように思えた。
しかし遠野は確信部分に触れようとしている。少なくとも俺の目にはそう映る。
「曰く憑きは意図的に隠蔽されているという話を覚えているか?」
「どうだろう?」
「要領を得ない噂話の多くは、曰く憑きに関わる人間が流したモノだ。子供騙しのような怪談を広めて、事実を薄めている。例えるのならオオカミ少年か。もっともこの場合、嘘をついているのはオオカミのほうなのだが。いやオオカミを守る為の嘘なのだが」
テンコの説明には納得できた。嘘で真実を守るというやり方は正しいのだろう。
それなのに俺が首を捻ったのは、曰く憑きに関わる人間という部分に違和感を覚えたからだ。
「曰く憑き自身が流してるんじゃないのか?」
そうだとも取れるが、そうでないとも取れる言い方だった。
「ああ、違うな。私たちの大半は自分が変だとは思っていない。変なのは、狂っているのは周囲だという結論に達する。でも他の人間はそうは思わない。歴史的に見てもそうだ。私たちは裁かれる存在であり、疎まれる存在だった。そんな化け物が身内から出たらどうする? 昔ならば捨てられたかもしれない。でも現代では殆ど不可能だろう?」
「常識的に考えれば病院に連れて行くかな」
科学は絶対だと、医学は絶対なのだと現代人は信じている。
曰く憑きという異形を知った俺からしてみればそれも一つの宗教のように思えるが、それが普通なのである。
間違っているのは俺やテンコのほうだという自覚はある。自分が正しいとは思っちゃいない。
「そうするだろうな」
「でも治療法はないんだろ?」
「そう、治すことはできない。だから隠す。幸いなことに人間は皆平等なのだと信じて疑わない連中が、この国には沢山いるからな。曰く憑きはそういった輩が作った組織に保護されている。無論、発覚したモノは、だがな」
「――保護」
言葉とは裏腹にテンコの表情はとても穏やかとはいえないものだった。
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