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「だって曰く憑きなんてただの都市伝説で――大体! 影を喰われたってなんだよ! っつうかさぁ、なんでユウキなんだよ!? なあ!?」
真横に立っていた電柱を殴ってからその場に蹲る。拳よりも頭が痛かった。
足下が崩れるような、築き上げた日常と常識が瓦解するような、そんな悪寒に吐き気を催した。
いっそ吐き出してしまえれば楽になれるのに、口からこぼれるのは嗚咽とよだれだけだ。
「一つ忠告すると曰く憑きは都市伝説の類ではない。私たちのような怪物は確かに実在する。それとあなたには酷かもしれないけれど、彼女が狙われたことに特別な理由はない。タダ無意味に殺された。例えば買い物に行って事故に遭うように。彼女はこの町の禁忌に遭ってしまったのだろう。運が悪かったとしか言えない」
俺は彼女を睨んだ。
逆にいえばその程度の抵抗しかできなかった。
彼女はそれでも視線を外さない。年上の、それも男からの敵意を泰然と受け止めている。
怪物と自身を称したように、人間味を失った作り物めいた顔で、情けなく取り乱す俺を観察しているようだった。
「じゃあ私は行くから」
彼女の下駄がアスファルトを叩く。不意にその音が止んだのは数歩進んだあとのこと。
「でも」
今度は振り返ることなく彼女は言う。
「悲しんでくれる人がいるのだからあの子は幸せだね」
これは最初の事件。俺とテンコの始まりの物語。
そして忠告のような苦い経験。以後、俺とテンコの物語に救いは存在しない。そう、心得ていて欲しい。
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