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「あ、僕は別にいつでもオーケイです。基本甘党なんで僕!」
「何でお前らにあげる前提で話が進んでるんだよ。絶対にやらないからな」
一個五百円もするような高価な洋菓子を他人にプレゼントしようとは思えない。
「とかいって、遠野さんには買うんでしょう?」
例えばそれは我が妹が俺に向ける目と同じものを感じた。
つまりは鮫島の視線には多分の敵意が孕まれている。鮫島は俺と遠野が密かに交際しているのではないかという疑惑を度々持ち掛けてくるのだ。
しかしそんなことがあるはずはなく、実際は五百円も渋るような仲なのであった。
もっと言うのなら俺は遠野のアドレスも電話番号も知らないし、それどころか下の名前さも覚えちゃいないのである。
俺の中の遠野は遠野でしかないのだ。恋心が入り込む余地はまるでない。
「残念だけど柳田に期待を抱くのは無駄。それで続きは? まさか自慢話ではないのでしょう?」
遠野が原因で脱線していた話を遠野自身が強い語調で引き戻した。俺は頷く。
「夕ご飯の後に食べようと思って冷蔵庫に仕舞っておいたんだよ。それなのにいつの間にかなくなってた」
「で?」
次は? と催促するように眉下で切り揃えられた前髪を揺らして遠野は首を傾げる。
鮫島は既に呆れ顔で肩を竦めていた。
「え?」
「え?」
「終わりだぜ?」
あれは酷い事件だった。
お陰で家族との間に亀裂が入った。鮫島ではないが、俺も甘党なのだ。元祖スイーツ男子を自称する高校二年生である。
それに三日月堂といえば御原市唯一の誇りだと言っても過言ではない名店で、その人気は市内だけでは収まらずに県内県外を問わない客が毎朝のように長蛇の列を作っている。
中でもかぼちゃプリンは三日月堂の看板商品で、開店から一時間と経たずに完売してしまう幻の一品だった。
「私が馬鹿だった……」
自分を責めながら愛用のソファに戻っていく遠野の態度に唇を尖らせた俺は、気晴らしとばかりに周囲に視線を流した。
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