一章・伝染ナルコレプシー『柳沢鳴子の物語』

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 文芸部の部室は元は理科準備室だった教室を使っている。  ライトノベル研究会――通称ラノ研に屈して消滅していたこの部を復活させたのは、他の誰でもない遠野だった。  しかしながら文芸部の部室は既にラノ研に奪われていて、主に文化部の部室が詰め込まれている特別棟にも空きはなく、懸命の工作活動の末に普通科の教室が並ぶ普通科棟のこの部屋を獲得したのだ。  準備室という性質上、我が部室は他の教室の半分以下の面積しかなく、形状は長方形だ。  西側には校舎に面した窓が穿たれ、その目の前に悪趣味な紅色の革で包まれた遠野専用のソファが置かれている。  対する俺の定位置は廊下側の左端。アルミ製の本棚と本棚の隙間に用意されていて、俺は日々その座席で携帯ゲームに勤しんでいるのであった。  部員は二名。言わずもがな遠野と俺の二人である。  鮫島はサッカー部員で、本人は兼部しているつもりのようだが遠野が認めないので部外者扱いだ。  夏休みを目前に控えたこの時期に新入部員が望めるはずもなく、残りの九ヶ月間はこのメンバーで過ごすことになるのかと思うと暗澹とせざるを得ない。  頭の中でグルグル回るメランコリー。 「罰として鏡の世界の調査をしてきなさいよ」  だから下っ端の俺がこのようなとばしりを受けるのは当然だった。  来年度は何としても雑用係の雑用係を捕まえなければ。 「興味はあったんだよね」  遠野は白い脚を組みながら二の句を継いだ。 「その手の話は耳にタコができるくらいに聞いていたし、それにラノ研がこの話題で一本書くみたいなの。あんな連中には負けられないでしょう? あっちが萌えで勝負を仕掛けてくるのなら、こっちはリアリティを売りにしないと」 「そもそもラノ研は俺らのことなんて眼中にないと思うけどな」  ライトノベル研究会は総勢十五名の大所帯でイラスト部とも手を組んでいる。  文化祭では毎年文集を発売しているようで、遠野の野望は彼らの文集よりも自分の作品を多く売ることなのだという。  余談ではあるが去年は惨敗だった。  お堅い活字だらけの遠野文庫に対してラノ研の文集には美麗なイラストが挿入されている。  オマケとばかりに表紙には露出度の高い美少女が描かれているのだから結果は火を見るよりも明らかだった。
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