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「鏡の世界?」
テンコという名前の穀潰しは、三日月堂のシュークリームを頬張りながら質問に対して質問を返してきた。
ランドセルがお似合いの形姿でありながら、テンコの実年齢は俺よりも遥かに年上だというのだから驚きだ。
テンコ曰く、曰く憑きを発症した人間の中には時間というある種絶対の概念に囚われなくなるモノもいるらしい。
萌えという二文字を嫌悪する遠野がこの幼女を見たならば、助走をつけて俺を殴るかもしれない。
「春頃からそういう噂が流れ始めたんだけど、曰く憑きの仕業かな?」
「どうだろうなー」
テンコは適当な反応をみせてゲームのコントローラーを手に取る。
「しっかし、何でもかんでも曰く憑きが原因だと考えるのはどうかと思う。そういうのを思考の放棄というのだぞ」
「職を放棄しているお前に言われたくないんですけど」
俺とテンコはあの一件を機に契約を交わしたのだ。
俺が住居と食料を提供する代わりに、彼女は用心棒として俺の目的に協力する、と。
それなのに今では自宅を警備しているだけである。
テレビの前で正座をするテンコの背中を一瞥してから俺はその背後のベッドに腰を掛けた。
十二畳の自室の大半は、最早テンコの私物に侵略されつつあった。
俺のスペースは既にベッドの上だけだ。本棚もクローゼットもパソコンも収納ボックスも、テンコの支配下に治められてしまっている。
「はん! 私を止められるのは定期メンテナンスとお母さんのお遣いだけだ」
ネトゲ廃人テンコは、俺ではなく二十三インチの液晶ディスプレイに向かって口を開く。
「……とは言ったものの可能だろうな、曰く憑きならば。だから何だという話だが。想像するにろくでもない輩だぞ、そいつは。鏡の中に引きこもるとか救いようのないクズだな」
「俺の部屋に引きこもってるお前も同じレベルだけどな!」
「同レベル? 私はスキルもレベルもカンスト済みだぞ」
テンコは正座をしたまま上半身だけを仰向けに倒して見上げてくる。
不満と憤懣に歪んだその小さな顔には、カスタードクリームと生クリームがべったりとついていた。
「それに勘違いされては困る。遊びだと思っているのかもしれないがそれは違う。私はヴァンフィールの平和を守る黒魔導師だ。実に厳しい仕事なのだぞ。下手をすると物凄い罵詈雑言が飛んでくる……」
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