第一章命令①

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思春期を経験することは、悪いことではないはずだ。誰しもが経験する。思春期を経て、人は大人へと成長していく。依存から、自立へと。そして、自分とは何かを見つける。 智久は自転車に跨がると、修一と友香に「俺の家に向かおう」と言った。 「行こうぜ!安全運転で頼むぞ、修一」 広島市内から、県境の岡山県立岡市までは120キロだ。 20分ほど自転車を漕ぐと、智久のマンションの前に着いた。智久は駆け足でエレベーターへと向かった。 静けさと、涼しいくらいの冷気をおわせている父親のショサイに入った。引き出しを開けて車の鍵を手に取り、机に向かって会釈した。 ――父さんが生きていたら、何て言っただろう?きっと、お母さんと同じように怒って止めていただろうな。「お前らが運転して行くなんて、バカげている。お父さんが運転して連れていってやる」――そんな言葉が聞けたかもしれないな。 時間を確かめるために携帯を取り出す。母親からの着信が何度も入っていた。しかし、智久は折り返すことはしなかった。自分の部屋に行くと、ありったけの現金を財布にしまった。 「行ってきます」 玄関先でそう囁くと、部屋を飛び出した。
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