第一章命令①

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「何が言いたいのですか?」 「私たちは、何かと疎遠でした。もう少し人付き合いを大切にするべきでした。それを、あなたのお父さんから学びました。今さらですが、助け合うことの大切さを学びました。一昔前は、悪さをした子供たちを拳骨で叱るお爺ちゃんが近所にいました。拳骨で叱り、熱く語る先生も少ないです。体罰だ、と問題になるからです。厳しく指導すれば、行きすぎた教育だと、問題になります。」 寂しいですね。私が言うのもなんですが、智久君は、人の心を動かせるような人になって下さい。今の時代、そんな人が求められている気がします。私と私の息子は、智久君のお父さんから、大切なものを教わりました。ありがとうございました。」 「息子さん、無事に岡山に着けるといいですね。もう着いてるのかな?」 「もう着いてます。」 「息子さんのお名前を……よろしければ。友達になりたいです」 彼女はなぜか、答えをふみとどまった。そして、顔を上げると何かを決意したような顔で言った。 「和田直人(ワダナオト)です。智久君も、早く岡山に」 智久は軽く微笑んで頷くと、エレベーターの扉から手を外して、エントランスに向かった。 彼女はエレベーターのなかで立ったままだった。閉まりかける扉の隙間から、走る智久の背中を目で追いかけながら呟いた。
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