序 喰らいし者

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午前2時。 丑三つ時と言われるこの時刻は、古来より禁忌の時間とされており、また怪現象等の起こり易い時間とされる。 深夜でも煌々と明かりが煌めく現代に於いても、明かりが一切無くなれば、心理的にこの時間帯に出歩きたいと願う人は少ないだろう。 ましてや。 月明かりだけが頼りの、波飛沫がとめど無く打ち寄せている、そびえ立つ崖の上などには。 だがしかし・・・ 不穏極まり無いこの場所に、数時間前から遥か眼下の崖下を茫然自失の態で眺める人影があった。 歳の頃は20代前半の女で、うら若き乙女が夜中に一人で訪れる場所では無いが、その女の手には遺書らしき封筒が握りしめられている。 「もう・・・こんな人生なんか終わればいい」 何度も同じ事を呟いては、崖の先端へと足を踏み出すが、最後の一線を飛び越えられないでいた。 僅かな希望が足を止めているが、その希望は時間の経過と共に徐々に消え始めている。 「誰も私を救ってくれはしない・・・」 女の感情が絶望の極へと針が振り切れた時、何かが擦れる音が近付いて来るが、女がそれに気付く事は無かった。 「愚かな人間よ。 私がお前を救ってあげよう」 不意に響いたおぞましい声に、女は我に返り思わず辺りを見渡す。 「キャアアアッ!」 女が目にした物は怪異としか言いようが無い物で、我知らず悲鳴を上げていた。 人間大の海老を思わせる物体が、女にゆっくりと近付いて来る。 顔は人間の女性を思わせるが、その肌は青白く生気が全く感じられない。 海老で言えば鋏にあたる部分は切れ味鋭そうな刃を思わせ、その鋏を威嚇する様に打ち鳴らしている。
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