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夜だというのに、蒸し暑い。 ボブヘアーを後ろで束ねると、家の鍵を取り出す。 家族は、明日夢だけ。 去年の冬に、家族が事故でいなくなった。 寂しい家に帰りたくなかったが、睡眠をとらなければ仕事に支障が出てしまうから我が儘は言えない。 ふと、門の前に誰かがいるのに気が付いて足を止めた。 「誰?」 痩せこけた体に、ギラリと光る瞳。 無精髭の男は、舌打ちをすると明日夢に近付く。 ジリジリとお互いに距離を離すと、男の腹から空腹音が聞こえた。 「……プッ、あははははっ!緊張感が……あははははっ!」 込み上げて来た笑いに逆らえず笑うと、男は舌打ちして目を逸らす。 「あの、良かったらご飯一緒にどうですか?」 普通は、見ず知らずの人を家に上げないが、今日は寂しさからの行動だ。 戸惑う男の手を引いて中に入ると風呂を勧めた。 その間に料理を作っていると、男がやって来た。 「……俺が、殺人鬼だったらどうするんだ?」 そんな質問に、明日夢は手を止めると呟く。 「別に、それでもいいんじゃないのかな?」 男が、不思議そうにしていたが、仏壇を見て意味を理解した。 明日夢は、死んでも構わないと言っているのだ。 それが、納得いかずに台所に近付くと包丁を持って突きつける。 無表情の明日夢。 「怖くないのか?」 「怖いよ、だけど一人きりの方が怖い、痛い、苦しい……」 包丁を降ろすと、元に戻して椅子に座る男。 その様子を明日夢は、無言で見ていた。 「お前、名前は?」 名前を聞かれて、明日夢が口を開いた。 「漆原明日夢」
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