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雨が降る中、空色の傘を差した少年は、住宅街を走っていた。 必死に走っていた。 傘を投げ捨てて、全力で走る。 「酷いよ!ぼ、僕は君が好きなのに!同性でも君が好きなのに!」 後ろには、包丁を持った男が追いかけて来る。 足が縺れ、転ぶと男は少年を跨いで立つと脂肪で膨れた顔を不気味に歪める。 荒い息を繰り返して、怯える少年を見つめた。 「知らない!僕は、貴方なんか知らない!」 恐怖で涙が溢れるが、男は嬉しそうに笑うと黄ばんだ歯を見せた。 跨いでいる男から逃れようと身体を引きずるが、塀に追い詰められてしまう。 「酷いよ……毎日、君を見ていたのにさ、スケジュールだって知ってるし、メールの内容だって!」 リュックをゴソゴソと漁ると、アルバムを取り出して少年に見せた。 貼ってあるのは、全て少年の写真。 その中の一枚を取り出した男は、少年の足元に投げた……。 「……な、なんで……」 「お気に入りなんだよ?良く取れてるでしょ?」 ニイッと笑う顔が、心臓を握り潰す様な恐怖を覚えさせた。 ランドセルを背負った少年の写真。 身に覚えがあり、無言で震えた。 「寒い?ごめんね、でもさぁ……僕を見てくれないなら一緒に死んじゃおうよ……」 少年は、ギラリと光る包丁を見て目を見開く。 思い切り、降り下ろされた瞬間。 男が地面に倒れた。 「逃げろ!明日夢!逃げろぉぉぉ!」 無精髭の痩せこけた男が、少年を襲う男に馬乗りになって包丁を奪おうと掴みかかり、取っ組み合いになる。 「おじさん!止めて、おじさん!」 少年の悲鳴に、無精髭の男が「逃げろ」と怒鳴る。 泣きながら、少年は言われた通りに走ろうと立ち上がった時に、無精髭の男は低く呻いた。 包丁が、腹に刺さっている……。 「来るな!……逃げ……ろ……お前は、何も見ていない……俺を見るな、走れ!走れ、明日夢っ!」 どしゃ降りの雨の中、必死に走った。 パトカーと救急車のサイレンが耳に響く。 目を瞑っても、助けてくれた無精髭の男が浮かぶ。 「……おじさん……」 顔に髪の毛が貼り付く。 涙が溢れたが、戻る事は出来なかった。 出来なかった。
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