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「おっと、申し遅れた。私の名前はアーシア・ユースフライト、我が主人椛より与えられたら誇りある名だ。アーシアと呼んでくれていい。」
少し前から魚屋の前で立ち止まっていた鮮やかな灰毛の猫が店先にたつ若い店主に語りかけていた。
「なに、少しばかり腹が空いていてね、小魚でいい、一匹頂にきた。」
しばらくの間ニャーニャーと鳴いた後、浅めの水槽の前までぴょんと飛び乗ると、素早く手を伸ばして魚を捉え跳ね上がらせ空中で口キャッチ。
なにもかもがわざとらしく優雅だ。
そのままシュタッ、と着地を決め、
「ふむ、多少生臭いが…、まぁ食べられないことはないだろう、またお世話になるよ、では。」
アーシアが足早に立ち去ろうとした、その時。
「ちょ、おい!この泥棒猫!」
魚泥棒に気がついた店主が叫んだ。
「ど、泥棒猫とは聞き捨てならないな!君はさっきまでの私の話を聞いていなかったのか!」
立ち止まってニャーニャーと抗議をし、また颯爽と逃げだそうとすると、
「てやんでい!待ちやがれ泥棒猫!」
店主が再び声をあげ、たまたま立てかけてあった箒を持って追いかけてきた。
「だから言ってるだろうに…、そこまで魚一匹が大事なのか?それとも私が言っていることがわからないのか?」
アーシアがあきれながら走る。
しかし気取った口調をとっているアーシアにも余裕はなかった。
店主が追ってくる。そのこと自体既に予想外なのだ。
さらに問題が一つ
雑踏の中を走り抜ける早さなら確実に猫の方が速いだろう。
狭い道に入れば体の大きい相手は確実にこちらを見失うだろう。
しかし、アーシアは飼い猫で、今までの生涯の殆どを家の中で過ごしてきた。
それが祟ったのだろう。
認めたくはないが、家の周辺の道を覚えているかどうかも危ういほど道を知らない、土地勘がないのだ。
今回は先日、主人より教わった道を歩いてここまでたどり着いたが、それは本来八百屋までの道を説明したものであった。
猫と魚は引かれあう。
そんな性質があるのかどうかは知らないが、
なければアーシアの絶対的方向音痴は拭えない。
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