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おい、あんた。
男が 横柄に声を掛けると、女は怯えを隠さずに小さく「はい」と返事をした。窄めた肩はまさに女性の弱々しさで、結び上げた髪から覗く耳は、この女の体を表すように小さく控えてあった。
「どうして飛び出してきたんだ。お陰でおれはこんな有り様だ。轢かれなかっただけありがたいと思え」
女はますます身体を小さくして、辛うじて首肯した。
「大体、あんな時間にふらふら自転車で徘徊しやがって、どういうつもりだ。こんなところをふらふらされても迷惑だ。いいからもう帰ってくれ」
息継ぐひまも持たずに捲し立てると、気が済んだのか男はそっぽを向いて固く口を閉ざしてしまった。女は唖然として小さく佇んでいたが、医者に促されて病室を後にした。
思えば、女は別段悪いことをしたわけではなかったと、彼女が差し入れたのであろうお茶を口にして男は思い返した。しかし、だからどうしたというのだ。ここで自分の悪徳を認めてしまえば、上司に説明できたものかと、眉を顰めてペットボトルの蓋をしめる。
まずは、取り急ぎ上司に一報入れねばならない。携帯電話を探すが、どこにあるのか見当がつかない。鞄の底をさらってみても、看護師を捕まえて尋ねても知らないと言う。一体どこに仕舞ったのか考えてみると、ドアのポケットに差し込んだままであることを思い出した。
これはまずいぞ、と男はもう一遍看護師を捕まえて、車の所在を問いただした。
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