無職、天井、車

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何度目かの朝を迎え、男が目を覚ますと、相も変わらず目の前には凹凸の一つもない白い天井が男を見下ろしている。 すべてはあの女が悪いのだ 数日前の夜を思い出して、男は理不尽にも腹をたてた。 少しの残業を終えて、空き始めた道に、別段考えることもなく車を走らせていた。人も車も疎らに、飲み屋の看板だけが煌煌と街を照らしている。あと一つ角を曲がれば自宅が見える、最後の交差点で信号に引っ掛かってしまった。住宅地に入り、もう部屋の窓から漏れる灯しか街の温度を感じることができない。人生も半ばを過ぎ、悦びもなく無為に与えられた仕事をこなすだけの男には、その灯すら眼に痛みを残していく。その明かりにも慣れ始めた頃合いに信号が青く光った。家々の窓から目を逸らし、せめて無機質な部屋に篭ってしまおうと気が急いてはいるのだが、待てども一向に進む気配がない。惚けているのか眠っているのか、目の前の軽自動車が動こうとしない。夕飯時に大きな音を出すのは憚られたが、出さねば家を目の前に往生するしかならず、男は遠慮がちに短く警笛を鳴らした。 寝ぼけているのか、車は歩くようにゆっくりと前へ進み、ようやく男の車が進み始めた頃には信号機は黄色に光っていた。散々待たされた挙句にもう一度信号に止められるなど堪ったものではない。アクセルを踏み込み、頭上で赤色に変わる信号機を感じながら交差点を曲がりきって、小さな灯が視界の端に飛び込んできた。脚の裏が痺れるほど強く踏み潰す、間に合わない、大きく左にハンドルをきった。
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