無職、天井、車

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目が覚めると、白い天井が見下ろしていた。身体の半分が冷たい泥に浸かってしまったように気分が悪い。脳震盪がどうだとか、頸がどうだとか、医者が何やら事も無げにしゃべっているが、手元ばかり見ていて、独り言か別の誰かに話し掛けているようでどうにも要領を得ない。ただ、検査入院、という言葉が聞こえたときには流石に辟易した。 男には、仕事がある。仕事をせずに暮らせればどれほどいいだろうと、いかに日頃から考えていようと、復帰したあとの処理がどうにも面倒だ。すぐにでも会社に連絡を入れねば今後の業務に障る。 男がそんなことを考えていると、黄味掛かったカーテンを開けて、見知らぬ女が覗き込んできた。進んで足を踏み入れるでもなしに、ただ困ったように医者と男の顔を見比べては、眉間に皺を寄せてゆく。医者も女に気が付いたようで、ああこの人は、とまた独り言のように呟き始めた。 医者が言うには、この女は自転車に乗っていたらしい。合点がいった。あの灯りは、この女が乗る自転車の灯りだったのか。男は途切れる前の記憶を思い起こすと、無性に腹が立った。 この女がふらふらと夜道を走っているから、おれはいま何の面白味もありはしないこの病室に寝かされているんだ。 女と目が合った。続けて言うには、この女が救急車を呼んで、ここまで付き添ってくれたらしい。どうりで疲れきった目をしている。縁者でも知り合いでもない女が、見知らぬ男にこうも尽くすなど通常有り得る話だろうか。この女は負い目を感じている。やはりおれではなく女が悪いのだ。
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