第1章

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  ☆  ☆  ☆  曲阿――空は薄い白色。朝なのか夜なのか曖昧な空だった。足元は後ろに転げ落ちてしまいそうな登り坂。両脇には雑木林。孫堅様の棺を担ぎ、私の額から玉のような汗が噴き出した。 「兄上、どこまで歩くの?」。私の後ろで七歳の孫翊殿と協力して棺を担ぐ六歳の孫匡殿が不満げに言った。 「僕、もう疲れたぁ」  私の左で棺を担ぐ孫策様は前を見たまま、 「匡、これくらいで音を上げてはいかん。お前は親父の爵位を継いだ男だろう」、と笑いながら言った。  孫堅様が朝廷から賜っていた爵位、その印璽を桓階から手渡された孫策様は、「こんな物は俺に必要ない」。と言って、弟の孫匡殿に譲り渡してしまったのだ。 「匡兄ちゃん、だっらしなぁい」。呉夫人に手を引かれ前を歩く四歳の末娘、孫尚香殿がからかう調子で言った。ハッキリとした目鼻立ちの彼女は大人になったらかなりの美人になるだろう。 「なんだと尚香!」。孫匡殿が顔を赤くした。 「ばーん」。言って孫尚香殿が両手で弓を射つ真似をした。彼女はどういうわけか赤子の時から弓が大好きだ。どんなに泣いていても弓に触れば泣き止んだ。
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