第1章

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 暫く歩くと、両側の雑木林が途切れ、小高い丘に出た。 「わぁ! すごい綺麗」  孫尚香殿が感激の声を上げた。丘から見下ろす情景。そこは赤、青、黄、紫、緑、色鮮やかな布を敷き詰めたような花畑だった。  孫策様が目で合図した。私と孫策様の弟達は慎重に棺を地に下ろす。  孫尚香殿は丘の出っ張り部分に立ち、飛び跳ねてハシャイでいる。 「これ尚香! そんなに跳ねたら、落っこちちゃうわよ」。呉夫人がお転婆娘を諌めた。  孫策様が棺の蓋を開けた。孫堅様の遺体。周瑜殿が用意してくれた水銀に漬けているので全く傷みはない。鋭さと激しさと暖かさを同居させる孫堅様の顔。暫く眠っているだけで、やがて起き出し、また戦場に行ってしまうのではないか、そんな風に思ってしまうほど綺麗な顔が棺の中にあった。  孫策様がゆっくりと丘の出っ張り部分へ歩き出す。孫策様は無邪気にハシャぐ孫尚香殿の頭に大きな手を乗せた。 「俺がまだ尚香と同じくらいの歳の時、親父に連れられてここに来た事があるんだ」  孫策様は花畑を見ながら言った。足元では孫尚香殿がなぜか真剣な眼差しで孫策様を見上げている。
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