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僕は、同級生の女の子とは、ほとんど口をきいたことがない。
別に避けているわけではないが、特に親しい友達もいないから、言葉を交わすチャンスがないのだ。
徹也の周りを取り巻いているのは、三年生の女の子だった。同じクラスの子もいる。
顔は知っているけれども、親しくはないので、話に割り込む気にはなれなかった。
笑い声が起こった。
徹也が冗談を言ったのだろう。
女の子たちは体を揺すって笑い、本人も気持ちよさそうに笑っている。
直樹の再手術を伝えてきたときの電話の声を思い起こした。
あのときの徹也とは、別人みたいだ。
グラウンドでは、一、二年生の野球部員たちが、ノックに汗を流していた。
威勢のいいかけ声が周囲に響き渡っている。
遠くから、別のクラブの生徒たちのかけ声も聞こえてきた。
重苦しい空模様だが、グラウンドには活気がみなぎっている。
空模様と同じようにふさぎこんでいるのは、
僕一人なのかもしれない。
僕はグラウンドに背を向け、校門のほうに戻り始めた。
「北沢、待てよ。」
徹也の声が追いかけてきた。
僕は構わずに歩き続けた。
校門の手前で、徹也が追いついた。
「待て。話がある。」
僕は足を止めた。徹也は前に回り込んで、僕の顔を見つめた。
「怒ってるのか。」
徹也は言った。真剣な顔つきだ。
僕は黙っていた。
「病院で直樹が苦しんでいるのに、おれが女に囲まれて笑っているのが、気に入らないんだろう。」
「別に……。」
「直樹はおれの心の支えなんだ。直樹がいるから、女たちに囲まれても、おれの心はぐらつかない。直樹がいなくなれば、おれはだらしのない人間になってしまう。今のおれは、直樹のことしか考えていない。」
僕を見つめる徹也の目は真剣だった。
徹也はうそをつくような人間ではない。
僕は息苦しさを覚えて目をそらせた。
「北沢。」
徹也が僕の肩をつかんだ。
「おれの顔を見ろ。」
言葉よりも前に、肩を強く引かれて、徹也の顔を見ないわけにはいかなかった。
徹也の顔が、怖いほどこわばっていた。
「おまえは、直樹が好きか。」
低い声で、徹也は言った。
「好きだ。」
ほとんど反射的に、僕は答えた。
「そうか。よかった。」
相変わらず真剣な目つきで、徹也は続けて言った。
「直樹も、おまえのことが好きだ。」
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