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「明日、手術だ。来てくれ。」
電話口で、徹也は短く用件だけを告げた。
「分かった。」
僕も短く返事をして、電話を切った。
学校が終わると、そのまま病院に向かった。徹也は学校を休んでいた。
ナースステーションで場所をきいて、手術室に向かった。
廊下に、直樹の両親と、徹也の姿が見えた。
「手術が長引いている。」
徹也が低い声でささやいた。
「病巣が肺まで広がっているらしい。たいへんな手術になる」
僕は両親のほうに歩み寄った。
お母さんは心労のためか、見るからにやつれていて、僕が近付いても、こちらを見ようとしなかった。
お父さんはいつものように微笑を浮かべ、会釈をした。
僕も黙って頭を下げた。
徹也のほうに戻ると、待ちかねていたように、徹也は早口に言った。
「ここでまっていても、なんの役にも立たない。少し歩こう。」
肩を並べて、廊下を歩き始めた。
「喫茶室へ行こうか。」
外来患者の待合室の手前に、喫茶室があった。
ソファーではなく、樹脂製のテーブルとスチールパイプのいすが並んだ、高速道路の休憩室みたいな場所で、喫茶室というよりは食堂といった感じだ。
実際に、軽い食事もできるようになっていた。
「腹が減ったな。昼飯食ってないんだ。」
入り口のわきの見本の前で、徹也はつぶやいた。
「おれはカツ丼にしよう。」
僕はコーヒーを頼んだ。
ここが込むのは昼食時くらいのものだ。
喫茶室の中はがらんとしていた。
徹也は無言で、一気に丼をかき込んだ。
「こんなときに、よく食欲があるなと思っているだろ。」
食べ終わって、ふうっと息をついてから、徹也は言った。
僕は黙っていた。
徹也は一人でしゃべり続けた。
「しかたがない。」と最後に言って徹也は沈痛な表情になった。
自分を鼓舞しようとする空元気と、気弱な様子とが、交互に現れ、くるくると表情が変わっていく。
「直樹は、もうだめかもしれない。」
肩を落として徹也はつぶやいた。
試合でさよなら負けしたときにも、こんな表情は見せなかった。
たぶん僕も、同じような顔つきをしていたはずだ。
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