女将の足音

2/6
前へ
/489ページ
次へ
そこにはまだ、溶けきれぬ雪が残っていた。 サクリサクリ 足音だけが響く。 暗闇の中浮かび上がる人影は、踏みしめる雪音を楽しむかのように見えた。 春をあしらったような小花模様の着物は、所々で金糸が光る。 しなやかな手でおくれ髪を直せば、シャランと簪(かんざし)が揺れた。 「少し眠り過ぎたなぁ」 目の前にはひなびたお宿が浮かび上がる。 主人の帰りを待ちわびていたかのように、止まった時間が動きだした。 「ほんまに帰ってきたんやなぁ?私も物好きな事」 言葉とはうらはらに、女将の口許は綻び、足早になっている。 「ほな、のんびりいこか」 女将が空蝉に戻った日は、冬の終わりのこんな夜。
/489ページ

最初のコメントを投稿しよう!

79人が本棚に入れています
本棚に追加