79人が本棚に入れています
本棚に追加
そこにはまだ、溶けきれぬ雪が残っていた。
サクリサクリ
足音だけが響く。
暗闇の中浮かび上がる人影は、踏みしめる雪音を楽しむかのように見えた。
春をあしらったような小花模様の着物は、所々で金糸が光る。
しなやかな手でおくれ髪を直せば、シャランと簪(かんざし)が揺れた。
「少し眠り過ぎたなぁ」
目の前にはひなびたお宿が浮かび上がる。
主人の帰りを待ちわびていたかのように、止まった時間が動きだした。
「ほんまに帰ってきたんやなぁ?私も物好きな事」
言葉とはうらはらに、女将の口許は綻び、足早になっている。
「ほな、のんびりいこか」
女将が空蝉に戻った日は、冬の終わりのこんな夜。
最初のコメントを投稿しよう!