The Change over

12/12
前へ
/24ページ
次へ
少女は言葉につまり、何も声が出せないようだった。 「では、失礼します。何かあったら医師に伝えるように。退院する頃に迎えをやります」 私は病室を出ようとする。 「待って」と言う声が聞こえたのはその時だった。 炭鉱でのシーンがよみがえる。 『独りにしないで』 私は振り向くと、少女の頬を流れ落ちる涙を見た。 数秒のためらいにも似た時間の後、彼女は頭を下げながら言う。 「いえ、なんでもないです。ごめんなさい。何で泣いてるんだろ? ごめんなさい。たぶん、うれし涙です。私、なんてお礼を言ったらいいか……」 私はやさしく笑むと、そのまま病室を出て行く。 彼女が、私の正体に気づくことはない。 娘の、私に関する記憶は全て始末したのだ。 ああ、これで良い。 娘の母親の顔も、名前も、全てを忘れてしまった私には、娘を愛する資格など無い。 後は急造してつくらせた慈善活動の組織に任せよう。 もう、二度と会うつもりは無いが、この記憶だけは、ずっと残しておこうと思う。 今更生き方など変えられない。 だが…… 私は、原因不明に流れ出た涙を払うと、あの炭鉱跡で使ったリモコンをそっと撫でた。 リモコンには「発進」と「切り替え」と書かれた、二つのボタンがあった。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加